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後ろから6行目冒頭「考の名人」とある

「嶋屋日記」の占考 嶋屋日記には、山本郡平井村(現植木町平井)の荒木権太夫という人物が登場します。「考の名人」いわゆる、占い・占考の類の名人だったようで、特に失せ人探しで活躍する様子が書き残されています。 安永七年...

後ろから6行目冒頭「考の名人」とある

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「嶋屋日記」の占考

嶋屋日記には、山本郡平井村(現植木町平井)の荒木権太夫という人物が登場します。「考の名人」いわゆる、占い・占考の類の名人だったようで、特に失せ人探しで活躍する様子が書き残されています。 安永七年...

「嶋屋日記」三冊目より 後ろから四行目下に「浄瑠璃」とみえる

「嶋屋日記」の芝居 「嶋屋日記」の中には、「浄瑠璃」「操(あやつり)芝居」「相撲芝居」などさまざまな形で芝居が登場します。京都・大坂などの遠方から竹迫などの近隣まで、日本各地から演者が訪れ芸を披露する様子をご紹介したい...

「嶋屋日記」三冊目より 後ろから四行目下に「浄瑠璃」とみえる

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「嶋屋日記」の芝居

「嶋屋日記」の中には、「浄瑠璃」「操(あやつり)芝居」「相撲芝居」などさまざまな形で芝居が登場します。京都・大坂などの遠方から竹迫などの近隣まで、日本各地から演者が訪れ芸を披露する様子をご紹介したい...

「年々鑑」より 二行目に「永山村石橋」

「嶋屋日記」の石橋 橋の架設は一大事業であり、人々の生活の要となるものです。近世、肥後の石工は全国的に見てもレベルが高く、菊池市内にもいくつもの石橋が残されています。 「嶋屋日記」7冊目「年々鑑」には、文政6年(182...

「年々鑑」より 二行目に「永山村石橋」

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「嶋屋日記」の石橋

橋の架設は一大事業であり、人々の生活の要となるものです。近世、肥後の石工は全国的に見てもレベルが高く、菊池市内にもいくつもの石橋が残されています。 「嶋屋日記」7冊目「年々鑑」には、文政6年(182...

「年々鑑」より 最終行に「血出ル」とあるのが見える

「嶋屋日記」の怪異 さかのぼること250年ほど前、明和5年(1768)に玉祥寺で本堂・庫裏が残らず焼失するほどの大規模な火災が起こりました。「嶋屋日記」には、火事についての記載がよく見られますが、この一件についてはさらに「いろ...

「年々鑑」より 最終行に「血出ル」とあるのが見える

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「嶋屋日記」の怪異

さかのぼること250年ほど前、明和5年(1768)に玉祥寺で本堂・庫裏が残らず焼失するほどの大規模な火災が起こりました。「嶋屋日記」には、火事についての記載がよく見られますが、この一件についてはさらに「いろ...

「嶋屋日記」より火玉の記述

「嶋屋日記」の天体 古来より、天体の異変は何かを訴えかけているものとして多くの人々に注目されてきました。菊池市隈府の商人が綴った「嶋屋日記」には、彗星や流星、日食など天体に関しての記述が数多くあります。今回は、その中...

「嶋屋日記」より火玉の記述

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「嶋屋日記」の天体

古来より、天体の異変は何かを訴えかけているものとして多くの人々に注目されてきました。菊池市隈府の商人が綴った「嶋屋日記」には、彗星や流星、日食など天体に関しての記述が数多くあります。今回は、その中...

「嶋屋日記」よりラクダの絵

「嶋屋日記」の動物 隈府町の商人が書いた記録「嶋屋日記」。今回はその中から、動物にまつわる話をピックアップしてご紹介いたします。 1.蛙の喧嘩(3冊目「年々鑑」に記載) 安永8年(1779)4月23日に、中町の万屋吉良衛門の田に「...

「嶋屋日記」よりラクダの絵

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「嶋屋日記」の動物

隈府町の商人が書いた記録「嶋屋日記」。今回はその中から、動物にまつわる話をピックアップしてご紹介いたします。 1.蛙の喧嘩(3冊目「年々鑑」に記載) 安永8年(1779)4月23日に、中町の万屋吉良衛門の田に「...

「嶋屋日記」(菊池市教育委員会蔵)

嶋屋日記 「嶋屋日記」は隈府町の商人によって書かれた、江戸時代の古記録です。現在、教育委員会が所蔵しており、昭和41年に菊池市の文化財として指定を受けています。昭和62年には『嶋屋日記』として翻刻が出版されまし...

「嶋屋日記」(菊池市教育委員会蔵)

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嶋屋日記

「嶋屋日記」は隈府町の商人によって書かれた、江戸時代の古記録です。現在、教育委員会が所蔵しており、昭和41年に菊池市の文化財として指定を受けています。昭和62年には『嶋屋日記』として翻刻が出版されまし...

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