毎年6月は、食育基本法および第4次食育推進基本計画で定められた「食育月間」です。生涯にわたって健康的な食生活を送るために、「食べること」について考えてみましょう。
豊かな自然に囲まれた菊池市では、市民の健康的な食生活を支えるために、継続的に活動している「食生活改善推進員協議会(以下、食改)」があります。今回は、食改発足の経緯から日々の活動、そして未来への展望について、令和6年度まで協議会を牽引された岩下会長と、令和7年度から会長に就任された大渕会長にお話を伺いました。
菊池市食生活改善推進員協議会の発足と活動
まず、菊池市食生活改善推進員協議会の発足について教えてください。
岩下会長:
合併前は、菊池市、旭志村、泗水町の3地区でそれぞれ食改の活動をしていました。平成17年の市町村合併の際、食改も一つにまとまりました。当時、七城町には食改の組織がなかったので、新たに立ち上げて4地区で活動する形になったんです。
それぞれの地区に特色があったので、合併後も地域ごとの活動を続けつつ、合同でできるものは一緒に取り組む形でスタートしました。例えば、旭志地区では合併前から中学校での料理教室を行っており、今も続いています。
左:大渕会長 右:岩下会長
岩下会長:
食改は、生涯にわたる健康で豊かな生活のため、幅広い年代に向けた活動を行っています。料理教室や郷土料理の伝承、大人向けの生活習慣病予防教室の開催、さらには災害に備えた「パッククッキング」の普及活動、市の防災訓練での炊き出し活動にも取り組んでいます。
小学校や中学校、老人会などからの依頼を受けて活動することが多いですね。身体障害者福祉協議会や商工会、公民館からも依頼があり、料理教室などを行っています。
今年からは「キクロスまつり」にも参加しました。これからも継続的に参加して、他市町村の事例のように、減塩サンプルを配布するなどして、食を通じた健康づくりを広めていきたいと思っています。
偶然の誘いと震災が導いた食改への道
会長は、どのようなきっかけで食改に加入されましたか?
岩下会長:
私の場合は、人から勧められたことがきっかけです。母がヘルスメイトをしていたので、活動のイメージは漠然とありましたが、まさか自分が入るとは思っていませんでした。「一緒にやってみよう」と誘われたのが入会の決め手でしたね。
大渕会長:
私が食改に入会したいと思ったのは、定年退職した年に熊本地震が発生し、食改さんの炊き出しのボランティア活動を知ったことがきっかけです。以前から、定年後は何か地域のためになるボランティアをしたいと考えており、個人ではなく団体で活動したいと思っていたところでした。地震の際の炊き出しの活躍を通して食改の活動を知り、ヘルスメイト講習会に参加しました。
地域住民の健康を支える工夫
地域住民の健康をサポートする上でどのような工夫をされていますか?
岩下会長:
地域のサロン活動などを通して、食事に関する情報提供を行っています。サロンで「食改の方だから、料理の話をしてほしい」と声をかけていただくこともあり、そんな時には低栄養や減塩といったテーマで話をすることがあります。
大渕会長:
私は、自身が参加している地域サロンで、新年会の時に豚汁や団子汁といった料理を作り、「薄味でも美味しい」ということを体験してもらうようにしています。
また、民生委員・主任児童委員の活動の中で、ヘルスメイトのピンクのTシャツを着て活動を紹介したところ、他の地区からも声がかかるようになりました。そこでは、地域の伝承料理である「混ぜ飯」や「お姫さん団子汁」を作り、減塩の話をすることもあります。自分から積極的に働きかけることはまだ難しいですが、所属しているサロンなど、身近な場所から活動を広げていきたいと考えています。
受け継がれる故郷の味:菊池市の伝承料理
菊池市の伝承料理としてはどのようなものがありますか?また、伝承料理を守るために工夫していることがあれば教えてください。
岩下会長:
菊池市の伝承料理に「とじこ豆」があります。これは、菊池一族の兵糧食として長期保存できるように工夫されたのが始まりだと聞いています。今では、ごちそうとしてお祭りの時などに食べられるようになりました。
今年度は、菊池南中学校で「とじこ豆」を伝承料理として指導しました。他にも、旭志中学校の3年生には「ゆべし」を、菊池女子高校では「お姫さん団子汁」を教えました。
「お姫さん団子汁」は、小麦粉とふかしたさつまいもをこねて団子にし、団子汁にしたものです。名前の由来は「小袖団子」とも言われており、「お姫さんのようにすべすべなお団子」からきているそうです。
また、「いきなり団子」も菊池の郷土料理の一つです。元々はあんこが入っておらず、小麦粉とお芋を蒸しただけのシンプルなもので、人が突然訪ねてきてもすぐ出せることから「いきなり団子」と呼ばれるようになったそうです。商業化が進んでからはあんこ入りが一般的になりましたが、伝承活動では、昔ながらのあんこなしのレシピを大切にしています。
画像出典:農林水産省ウェブサイト(https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/tojiko_mame_kumamoto.html)
大渕会長:
会員研修や小中学校の郷土料理教室を通して先輩の知識や経験に触れることで、改めて学ぶことの多さを実感しています。伝承料理は、その謂われを大切にしながらも、少しずつ時代に合わせて変えていくことも必要かもしれません。先輩たちから教えていただきながら、その知識と技術を次の世代のヘルスメイトへと繋いでいきたいと考えています。
地域住民への情報発信の重要性
岩下会長:
「健康」や「減塩」といったテーマを啓発していくことも重要だと考えています。菊池市は糖尿病の方が多いという現状もありますので、「糖尿病にはこんな食べ方が良い」といった、具体的な健康情報を少しずつ伝えていけると良いですね。毎回レシピを紹介するのは難しいかもしれませんが、健康に関するちょっとしたコラムのようなものを定期的に発信していくのは有効かもしれません。
糖尿病が多いという現状は、私たちのような関係者は知っていますが、地域にどのような健康課題があるのかを知らない方も少なくないと思います。そうした情報こそ、私たちが積極的に発信していくべきだと感じています。
また、発足当初と比較すると、会員数は約半分にまで減少してしまいました。食に関する他の団体との連携は現状ではあまりありませんが、食改単体で頑張るのではなく、それぞれの団体が協力して地域全体の食に関する活動を盛り上げていければ良いと考えています。
大渕会長:
ヘルスメイトの存在をもっと広く知らせていく必要があると感じました。そうしなければ、声もかからず、忘れられてしまう可能性があります。
今活動している人たちも、ほとんどが65歳以上。80歳を過ぎると体力的に続けるのが難しくなったり、免許返納で移動が困難になったりして、やむなく退会するケースも増えています。
会場まで来る手段がないと、参加自体が難しくなってしまうんですね。
活動の喜びと未来への展望:次世代へ繋ぐ食育
活動の中でやりがいを感じる瞬間はどんなときでしょうか?
岩下会長:
料理教室で「美味しかった」と喜んでもらえると本当に嬉しいです。子どもたちと一緒にカレーを作ると、味見の名目で何杯も食べてくれるんです。「もうお腹いっぱいになるよ!」っていうくらい(笑)。そういう姿を見ると、やってよかったなと思います。
大渕会長:
私は、97歳になる義母の食事作りをしていますが、食改で学んだことが日常生活で役立った例として、「ごぼうの天ぷら」があります。普通のごぼ天は高齢者には硬くて食べにくいのですが、煮しめにしたごぼうを天ぷらにすると柔らかく食べられるんです。このように、一つの食材でも工夫次第で、普通の食事と介護食のように作り分けることができると知りました。お孫さんがいる家庭では、同じ材料で煮る時間や大きさを変えるなどして、世代(3世代など)に合わせた料理を作ることもできます。手間をかけずに工夫して料理を作る知恵を学べたことは、食改に入って良かったことの一つです。
今後、地域住民の食生活改善のためにどのような活動を展開していきたいですか?
岩下会長:
何よりも会員の減少が課題ですので、会員を増やすことが重要だと考えています。キクロス祭りのような多くの人が集まる場所で活動を紹介したり、小学校や中学校での食育活動を積極的に行ったりすることで、将来的に「あの時ピンクのTシャツを着ていた人がいたな」と思い出してもらい、入会のきっかけに繋がればと思っています。ヘルスメイトという名前を知らない人が増えていると感じているので、広報活動は積極的に行っていきたいです。
また、高齢の会員の方の中には、食改の活動を楽しみにしている方もいらっしゃるので、「楽しみながらできるヘルスメイト活動」も大切にしていきたいです。子どもたちとの触れ合いも、活動の大きな楽しみの一つです。
大渕会長:
私がヘルスメイトの活動で特に重要だと感じているのは、災害時の炊き出しです。みんなで食べる食事ですので、衛生管理などの知識を持った、信頼できるヘルスメイトが中心となって行うことで、より安全で安心な食として提供できると考えています。先輩ヘルスメイトからは、炊き出しの際の衛生管理や、混乱を防ぐための組織的な動き方について具体的なアドバイスをいただいたこともあります。
また、食生活の変化に合わせて、災害時の食の備えも変わってきています。昔ながらの炊き出しだけでなく、コンビニエンスストアで手に入る食材や、レンジで温めるだけで食べられるご飯などを活用した、状況に合った災害支援のあり方を学び、広めていきたいと思っています。
食改に若い世代を呼ぶことに対して、「こんなことできたらいいな」と思うことがあったら教えてください。
岩下会長:
ヘルスメイトになるには、養成講座を6回以上受講する必要があるため、若い人で仕事をしているとなかなか参加しにくいという現状があります。
また、小さなお子さんを持つお母さんは、料理教室に参加したくてもなかなか身動きが取れない場合があります。託児サービスなどを提供しながら親子で一緒に料理を学べる機会を作ることができれば、より多くの若い世代が参加しやすくなるのではないでしょうか。公民館の親子料理教室は、ある程度の年齢のお子さんが対象ですが、より小さな子どもを持つ親御さんにも目を向けていきたいです。
「まずは自分の健康のために」:食育活動への一歩を応援
これから参加を考えている人にメッセージお願いします。
岩下会長:
まずは「自分のため」に、そして「自分や家族の健康のため」に、食改の活動に参加してみてはいかがでしょうか。
何もしなければ、自身の学びには繋がりません。人に何かを伝えるためには、まず自分自身が学ぶ必要があります。自身の健康にまだ意識が向いていない方でも、食改の活動を通して、自身の食生活を見直す良いきっかけになるかもしれません。例えば、減塩の必要性を感じたり、家族の健康について考えるようになったり。まずは「自分の健康」という視点から、食改への参加を検討していただけると嬉しいです。様々な知識を学ぶことができると思います。
大渕会長:
ヘルスメイトの活動はボランティアですが、「人のためのボランティア」であると同時に「本人の生きがい」や「楽しみ」にも繋がる活動だと考えています。
若い方にももちろん入ってほしいですが、高齢になっても続けられるのがヘルスメイトの良さです。現在、組織全体の高齢化が進んでいますが、元気な先輩方もたくさんいらっしゃいます。90歳になられる名誉会員の方の存在は、私たちにとって非常に貴重です。ですから、少しでも興味がある方には「ぜひ来てください」と伝えたいです。体調が優れない方でも、参加して、美味しくて、健康によいものを一緒に食べるだけでも、元気の源に繋がるかもしれません。
皆さんの参加をお待ちしています。
※参加される場合にはヘルスメイト養成講座(ヘルスアップ教室)を受けていただきます。
インタビューを終えて
お二人へのインタビューを通じて、会員の皆様が地域に寄せる熱い想いや、地道ながら多岐にわたる活動の実態が改めて明らかになりました。活動には「自身の健康づくり」と「地域貢献」という二つの側面があり、ヘルスメイトとしての取組みが、個人と地域の双方に良い循環を生み出していることが伝わってきました。
食改の活動は、食育や伝承料理の継承といった日常的な支援にとどまらず、災害時の炊き出し、次世代への教育など、幅広い分野に広がっています。参加者の笑顔や感謝の言葉が、会員のやりがいとなり、活動を支える大きな力になっていることも印象的でした。
一方で、会員数の減少や、地域へのより積極的な働きかけといった課題も見えてきました。今後、世代を超えて活動の意義が伝わり、継承されていくためにも、誰もが無理なく楽しく地域とつながれる場としての活動の継続が期待されます。
地域住民の健康を願い、食文化を未来へつなぐという強い使命感を持つ食改の皆様の情熱は、菊池市の健康と食文化の未来を明るく照らしています。今後のさらなるご活躍を心から願っています。