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人権・同和教育シリーズ217

2023年09月01日

多様性社会を築いていこう

私からはじめる私たちの多様性社会

菊池市では、7月22日に「第19回菊池市人権・同和教育研究大会」を開催し、三木幸美さんに「私からはじめる私たちの多様性社会」という演題で講演していただきました。

三木幸美さん写真









公益財団法人とよなか国際交流協会職員 三木幸美(みき ゆきみ)さん


 


 

三木幸美さんは、1991年、大阪の被差別部落でフィリピン人の母と日本人の父の間に生まれ、8歳で日本国籍を取得するまで無戸籍・無国籍児でした。懸命に働くご両親は、在留資格の更新手続きの仕方や相談窓口が分からないまま、幸美さんを出産。出生届を提出して幸美さんの存在が分かると、家族がバラバラになる恐れがあったのです。無戸籍・無国籍児が生じてしまうのは、3つの壁が社会にあるからだと話されました。

  1. 法律・制度の壁
  2. 言葉の壁
  3. 心の壁

この3つです。

心の壁

1と2については、3.心の壁を中心に語られる中で、壁という言葉の意味が明らかになりました。フィリピンから働きに来られたお母さんは、出入国管理法の決まりが理解できなかったそうです。お母さんは日本語を使って暮らすことはできても、相談するために日本語を使いこなす力はなかったと話されました。  

日本社会の慣習や行政のシステムなど、知識が全くない中、戸惑ってしまう場合があるでしょう。衣食住等暮らしに関わる話は近所の方が教えてくれたそうですが、行政のシステムについて相談できるほどには、言語運用能力がなかったと語られました。

多様性社会を築くために

幸美さんが進路選択の時期を迎えたとき、入試制度も学校の情報も理解できなかったお母さんに、ただ「ごめんね、ごめんね」と泣きながら謝られたそうです。普段、懸命に働き生活を支えているお母さんのその姿に、「なんで、少数者(マイノリティ)は、こんなに頑張らなきゃならないのだろう」と、幸美さんは人権について考え始められます。その後、ハーフであることや被差別部落出身であることを、現在のパートナーにカミングアウトされました。パートナーは、「関係ないから」や「大変だったね」などの慰めの言葉ではなく、「これからのことは、僕も一所懸命に考えるから。僕も頑張るから」と返してくれました。差別をなくそうと共に考えるなかまがいることが、幸美さんの行動力の源になっているそうです。そして、「『私』が暮らしやすくなるだけではなく、『私たち』が暮らしやすい社会をめざすことで、多様性社会に近づくのではないか」と講演を締めくくられました。

講演会のアンケートでは、パートナーと幸美さんの会話に多くの感想が寄せられていました。差別をなくしていくために、差別が社会に存在することの責任を自分と切り離さず、引き受けていくというパートナーの言葉に共感している方が多いと感じました。


文責:地域人権教育指導員 中原 博昭(なかはら ひろあき)

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