ごみ袋を積んだ自転車から見えたこと
外国から若者がやってくる
私が区長を務める地区に、外国からの技能実習生として一人の若者が転入してきました。一軒の家に一人で住むそうです。日本語をまだ十分に話せないとのこと。受け入れ企業の方から事前にその話を聞いたとき、正直に言えば不安でした。「生活に困ることはないか」「きまりはわかるだろうか」と心配になったのです。
不安はどこから
今思えば、この心配は、「コミュニケーションを取れるか」という私自身の課題から生じる心配でした。そして、もう一つ気づいたのは、この若者を「外国人」という属性でひとくくりにして見てしまっていたのではないか、ということです。今、日本社会では、「外国人が増えている。治安が悪化しないか」という言葉が、事実かどうか確かめられないまま広がることがあります。一人ひとり違うはずなのに「外国人」という言葉だけで、なんとなく不安になってしまうことはないでしょうか。属性だけで人を判断することは、その人個人の努力や思いを見えなくしてしまいます。また、一人ひとりの違いを認め合い、互いを大切にしながら共に生きることにつながりません。
分別の練習
私が「ごみ出しのルールは大丈夫ですか」と企業の方に尋ねると、企業と共に支えている監理団体の担当者が説明してくれました。監理団体とは、技能実習生と受け入れ企業をつなぎ、生活や仕事のルールを研修し、相談にも乗る団体のことです。「会社で一緒に分別の練習をします。ごみは会社に持って来させます」とのことでした。
可燃ごみ回収の前日、若者は担当者に身振り手振りで教わりながら分別したそうです。それからも練習は続き、「分別しなければならない理由が分かり、楽しそうにやっています」と担当者は話されました。この話を地域の住民に伝えると、「がんばっているね」と声があがりました。若者のことを知ることで不安は小さくなったのです。
ごみ袋を積んだ自転車
朝、自転車にごみ袋を積んで出勤する若者の姿を見かけます。その姿は「この町で暮らそう」という気持ちそのもののように感じられます。
私は考えました。大切なのは、目の前にいるかけがえのない一人として向き合うこと。そして、不安があれば思いこみやうわさでなく、事実を確かめ話し合うことです。そうした積み重ねが、あたたかく安心して暮らせる菊池市をつくっていくのだと思います。
文責:地域人権教育指導員 中原 博昭

