水俣研修に行きました ~菊池南ブロック協議会活動報告~
水俣病は遺伝する?
水俣病は遺伝しません。
熊本県の小学5年生は「水俣に学ぶ肥後っ子教室」という取組により、全員水俣を訪問して水俣病や環境問題について学習しています。取組の背景には、水俣病に関する無知や無理解による差別行為などの事例発生がありました。古くは、ある競技大会中に、水俣の高校生と対戦した他県の生徒が差別発言をしました。生徒の告発によって明らかにされ、発言の当事者側は謝罪して確かなことを学ぶ機会を得ました。残念なことに、このような事例は未だに続いています。故郷が水俣であることを語れない人もいます。
学習の機会がないまま大人になった方も多いのかもしれません。
宝子(たからご)
昨年11月21日に水俣へ研修に行きました。水俣芦北公害サークル会長の梅田卓治(うめだたくじ)さんの案内で、百間排水口(ひゃっけんはいすいこう)、最初の公式認定患者田中実子(たなかじつこ)さん家族のこと、語り部の杉本栄子(すぎもとえいこ)さんのことなど現地で詳しい話を聴きました。さらに、梅田さんからは上村(かみむら)家族の話がありました。上村智子(かみむらともこ)さんは、母親との入浴シーンの写真(ユージン・スミス作)で有名です。
本来ならば排除されるはずの有機水銀を栄養と勘違いした胎盤は、それを素通りさせて智子さんに送り込みました。母親の体内にある有機水銀を智子さんが全て引き受けた結果、智子さんの妹弟6名は元気に育ちました。 だからこの家族にとって智子さんは「宝子」なのです。お母さんが智子さんの1回の食事にかける時間は2時間。妹弟たちはお互いに助け合い、一番下の弟はおむつがとても早くとれたといいます。
ある時、梅田さんが「宝子」の意味をお父さんに再確認したところ、「わが子だもの、むぞらしくないわけがない」。それでも、「一度でいいからお父さんと言ってほしかった」と語られたそうです。
胎児性水俣病の坂本しのぶさんの話
ツボにはまると笑いが止まらなくなり、話が中断するなどお茶目な姿も見せてくれたしのぶさん。彼女の夢は(水俣病でなかったら何がしたいですか?という小学生らの質問に対して)「全力で走ってみたい」。しのぶさんは高齢になり健康状態に不安を抱えながらも、各地の小中学校で数多くの講演活動を行っています。その姿は「全力で走り続けてきた」そのものです。
研修参加者はしのぶさんの姿に多くを学びました。学びに遅すぎることはありません。学び続けましょう。
文責:地域人権教育指導員 末永知恵美(すえながちえみ)

