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人権・同和教育シリーズ249

2026年06月01日

たからもの

「がんばって生きて」

「一年一組先生あのね」という本があります。一年生になった子たちが日々の出来事を詩にし、担任の先生がそれを一冊の本にしました。6歳の子どもたちのたくさんの思いや願いがそこには載っています。次はその中の一つです。 

 

おかあさんのたからもの

                   ながた まさひと


おかあさんに「おかあさんのたからものはなに」と きくと

「まあくんととっちゃん」といいます

だから ぼくが「おかあさんのいのちよりだいじ」と ゆうと

おかあさんは

ぼくとおにいちゃんをだきしめて

「うん」といいます

ぼくはとってもうれしいんです

 (鹿島和夫・灰谷健次郎著 理論社)

眠い目をこすりながら二時間おきに乳を与えた冬の夜「がんばって生きて」「早く大きくなって」そう願い続けた子が今、6歳となり

「おかあさんのたからものはなに」と問います。思わず抱きしめたお母さん。その思いが、心にしみます。子どもは、かけがえのない存在です。


「私は景色ではないわ」

昨年秋、新聞に次のような短歌が載りました。

 

ガザ報道 慣れてはならじ 

いままさに 殺されている子は 

昨日とは別の子

空爆の ガザで子どもが 

画面に叫ぶ 

「私は景色ではないわ」

(10/19 朝日新聞 歌壇)

 かけがえのないはずの子どもたちが、今この瞬間も、命の危機におびえ、震え、泣いています。「戦争は最大の差別である」という言葉の中身はとても単純です。開戦を命じた人自身は決して戦場に行くことはありません。行くのは命じられた若者たちです。殺され傷つくのも現地の若者たち。そして、まきぞえとなる社会的弱者の女性、高齢者、子どもたち。「命に軽重はない」とは決して言えない状況です。これ以上の差別はありません。いつも思います、命じた者の責任は・・・?

また中東で戦争が起きました。学校にいた子どもたちがミサイルの攻撃でなくなりました。将来を夢見、一心に学んでいたその瞬間に命を奪われました。

「お母さんのたからもの」がすべてに優先される世の中に・・・心からそう思います。

                                                                                                                                             文責:地域人権教育指導員 宮崎 篤

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