たからもの
「がんばって生きて」
「一年一組先生あのね」という本があります。一年生になった子たちが日々の出来事を詩にし、担任の先生がそれを一冊の本にしました。6歳の子どもたちのたくさんの思いや願いがそこには載っています。次はその中の一つです。
おかあさんのたからもの ながた まさひと おかあさんに「おかあさんのたからものはなに」と きくと 「まあくんととっちゃん」といいます だから ぼくが「おかあさんのいのちよりだいじ」と ゆうと おかあさんは ぼくとおにいちゃんをだきしめて 「うん」といいます ぼくはとってもうれしいんです |
(鹿島和夫・灰谷健次郎著 理論社)
眠い目をこすりながら二時間おきに乳を与えた冬の夜「がんばって生きて」「早く大きくなって」そう願い続けた子が今、6歳となり
「おかあさんのたからものはなに」と問います。思わず抱きしめたお母さん。その思いが、心にしみます。子どもは、かけがえのない存在です。
「私は景色ではないわ」
昨年秋、新聞に次のような短歌が載りました。
ガザ報道 慣れてはならじ いままさに 殺されている子は 昨日とは別の子 空爆の ガザで子どもが 画面に叫ぶ 「私は景色ではないわ」 |
(10/19 朝日新聞 歌壇)
かけがえのないはずの子どもたちが、今この瞬間も、命の危機におびえ、震え、泣いています。「戦争は最大の差別である」という言葉の中身はとても単純です。開戦を命じた人自身は決して戦場に行くことはありません。行くのは命じられた若者たちです。殺され傷つくのも現地の若者たち。そして、まきぞえとなる社会的弱者の女性、高齢者、子どもたち。「命に軽重はない」とは決して言えない状況です。これ以上の差別はありません。いつも思います、命じた者の責任は・・・?
また中東で戦争が起きました。学校にいた子どもたちがミサイルの攻撃でなくなりました。将来を夢見、一心に学んでいたその瞬間に命を奪われました。
「お母さんのたからもの」がすべてに優先される世の中に・・・心からそう思います。
文責:地域人権教育指導員 宮崎 篤

