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人権・同和教育シリーズ171(12月号掲載)

更新日:2019年12月1日

「受難の地に生き抜く人々」〜校区人権啓発推進会議先進地研修〜

菊池市地域人権教育指導員ー吉山義信

10月3・4日の2日間、研修で長崎市を訪れました。

この日も、平和公園や原爆資料館には修学旅行生や海外からの観光客があふれ、真剣に戦争の悲惨さ、恐ろしさ、愚かさ、平和の大切さを学ぶ姿がありました。

今回の研修では、これまでと違う長崎の姿を知ることとなりました。以前「原爆と沈黙〜長崎浦上の受難〜」というテレビ放送で、被爆、部落差別という二重の差別を受けてきた中村由一(なかむら よしかず)さんを知りました。また、講演も聞いたことがありますが、今回は日常活動されている集会所で、直接話を聞かせてもらいました。

中村さんは3歳の時に被爆しました。頭に大きな怪我をし、膝から下の両足は熱線で大やけどを負いましたが奇跡的に助かりました。このことを「二つめの誕生日を迎えた」と話しています。しかし、今でも足の指は動きません。中村さんは母と、祖母の家に引っ越しますが、歓迎されず、「浦上から来たことは、誰にも話してはならない」と言われます。この時は自分が「ピカドン」だったからだと思ったそうですが、出身地は誰にも話せず、ひた隠しにしていました。しかし、学校に行くようになって、壮絶ないじめに苦しめられました。

小学校に入学した時、被爆によって髪の毛がなかったので、出席を取る時に、先生から最初は「ハゲ」、髪が少し生えてきたら、「カッパ」と呼ばれるようになり、とても心が痛くて痛くてたまらなかったそうです。5年になり髪が生えそろってきたら、「今日から、カッパは新しい名前になりそうです。新しい名前は『ゲンバク』です」と、先生から言われます。あの苦しい体験をあだ名で呼ぶとは、とてもショックだったと言います。そして、一度だけ「中村由一」と本名で呼ばれますが、それは卒業式の日でした。

その後、中学校を卒業する時、母から部落差別の話を聞き、自分の生まれた所が差別されてきたことを初めて知ります。それでやっと、小学生の頃いじめられた理由が分かったと思ったそうです。実は小学校入学時点で、学校に戸籍謄本を提出していたので、自分がどこの生まれか、先生たちは知っていたのです。

中村さんが被爆者であることや部落出身であることを話せるようになったのは、部落解放同盟長崎県連の磯本さんとの出会いがあったからだそうです。今はいっしょに部落解放運動に取り組むようになり、自分の体験を包み隠さず話すようになったと言います。磯本さんは「原爆も差別は焼き尽くせなかった」と話しています。自分たちが生まれ育った浦上は、駅名を残すだけで道路の下になって、地名も変わっています。しかし、部落差別は今もあるのです。

現在、中村さんは、わずかに残った共同墓地を管理しながら、「今まで経験したことすべてが、今の自分を支えてくれている」と、語り部として活動されています。想像を絶する苦しい体験を、穏やかな表情で優しく語る姿には、生きていることの意味を問いかけられているような気がしました。もっともっと、知らなくてはならないものが長崎にはあるように思います。

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       (中村由一さんを囲んで)

 


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菊池市役所 総務部 人権啓発課 人権同和啓発係
電話番号:0968-25-7209この記事に関するお問い合わせ


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