菊池一族の歴史の中で生まれた刀剣について紹介します

現在、若い女性を中心に、日本刀に対する大きなブームが巻き起こっています。きっかけとなったオンラインゲームを入口に、日本刀そのものへの関心が大きく高まる結果となり、各地の博物館がこぞって刀剣展を開催するなど、社会現象にまで発展しています。このゲームの中に、「同田貫正國」という刀が登場します。明治時代、天皇の御前で唯一鉄の兜を割ることに成功したという逸話を持ち、時代劇「子連れ狼」や「必殺仕事人」などの作品の中でも「強い剣士の好む刀」として扱われているため、幅広い世代の方によく知られた刀と言えるでしょう。「折れず曲がらず同田貫」とあだ名されるように、強く丈夫な豪刀のイメージを確立している同田貫刀ですが、その歴史を紐解くと、菊池一族に深いゆかりのある刀剣なのです。

その一 同田貫の祖「延寿」

菊池一族10代武房のイラスト

同田貫は「延寿」という刀鍛冶の末流にあたるのですが、この延寿一族こそ、菊池一族のお抱え鍛冶として活躍した人々でした。延寿鍛冶のはじまりは、文永年間… 詳しく見る

その二 菊池千本槍

菊池一族13代武重のイラスト

延寿一族の功績として、13代武重(たけしげ)の代に考案されたといわれる『菊池千本槍』があります。1335(建武2)年、足利軍と対峙した『箱根・竹之下の戦い』で、武… 詳しく見る

その三 延寿一族の最盛期

菊池一族15代武光とかねよししんのうのイラスト

15代武光の時代、南朝方に味方していた菊池一族は、後醍醐(ごだいご)天皇の皇子懐良(かねなが)親王を迎え、菊池は九州南朝方の中枢である征西府(せいせいふ)を置… 詳しく見る

その四 延寿から同田貫へ

延寿屋敷のイラスト

延寿一族の晩年は、最盛期同様、菊池一族と運命を共にする形となりました。室町時代の終わり頃、菊池一族による領有が終わり、菊池が他家に侵攻されると… 詳しく見る