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渋江家の系譜

更新日:2015年12月28日

渋江家の系譜

 近世の菊池の文教を支えた人々のなかでも、渋江(しぶえ)家は7代にわたって俗に「渋江塾」と呼ばれる私塾を開き、160年もの間、県北の文教の中心的存在でした。

 それぞれの塾主の紹介に先立ち、今回は渋江家のルーツをたどってみたいと思います。

 渋江家の祖は、遡ること古墳時代、第30代敏達(びだつ)天皇と言われています。その5代目の孫が、天皇から苗字を賜り、「橘(たちばな)」家として始まりました。

 橘家の島田丸は768(神護景雲2)年に奈良春日神社造営の勅命を受けました。大役が果たせるように水神に祈願したところ、無事に神社が完成したので、以後は水神を祭って「天地元水神」と呼び、橘家の氏神にしました。

 1122(保安3)年、橘家は鳥羽天皇にそれまでの勤労を認められて、名前に「公」という字を使うことを許されました。以後代々、橘家では実名に「公」という字を入れるようになりました。

 橘家は時代の流れの中で奈良から伊予(愛媛)へ、そして肥前(佐賀)へ移り住みました。肥前では潮見山(武雄市)に住みましたが、ここには今も潮見神社や橘という地名が残っています。余談ですが、菊池一族の5代経直は、この潮見神社の笠懸(かさがけ、馬上から的を射る神事)の際に亡くなったとされ、墓所もここにあります。

 肥前に移り住んで2代目の公村(きみむら)の時代に、氏を渋江と改めました。渋江の分家が肥後に移り住んだのは、江戸時代の初期、公成(きみなり)のころです。公成は菊池の西迫間に居住しましたが、その子公通(きみみち)は隈府に転居し、以後渋江氏は代々隈府に定住しました。(現在の神社は菊池市原)

 渋江氏の天地元水神社は、水難、火災、雨乞の祈祷や河童よけのお守りに定評があり、肥後はもちろん九州や中国、京阪地方まで、人々の厚い信頼を得ていました。

 そして江戸の中頃になり、菊池文教の祖、渋江紫陽(しぶえしよう、公豊、きみとよ)が現れるのです。

 

 神社1



神社2




 


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